癌闘病記1 母の違和感とちょっとした体調不良から、貧血という診断

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初めの違和感

まだ病院にもいっていないころです。

母が最近体調が良くないと言い出しました。

でも、ちょっとの事ならと医者にはなかなか行かない、というよりも時間がなくて行けない母。

いつも通り、なんかかったるいな〜という体に慣れてしまったせいか、周りから見ても絶対におかしいのに、いつも通りに家事をこなし、パートに出ていき、祖父母の面倒を見て、夕飯の買い物に行き、ご飯を作り、

どこで一息ついているんだろう?

そんな生活を不調を押して送っていました。



ゴミ出しに行くと、息切れがひどくてしばらく動けない。

ゴミ出し場は、そんなに遠くありません。徒歩1分あるかないか。ゴミ置き場まで走ったり、ゴミがものすごい重かったりすることもありません。

それなのに、ゴミ捨てが相当しんどくなったと話していました。

ゴミ捨てだけではなく、階段の上り下りの時も息切れ。

電話で話していても息切れ。

これはかなり貧血がひどいなあとその時は感じたようです。

お腹がパンパンに張っている。

便秘かなあ。苦しいなあ。

そういいながら以前お医者さんからもらっていた「アローゼン」を飲んでいた母。

「アローゼン」は妊婦さんでも飲める(医師の処方により)顆粒の下剤です。

毎日ではなく、どうしても苦しい時に飲んでいました。でもお腹のハリは収まらず。やはり結構苦しかったのか、ずっと下腹をさすっていたのを覚えています。

 

やたらと梅干が食べたくて仕方ない(そして食べる)。

無性に、中毒のように、梅干を食べていました。

食べすぎると体に良くないとわかっていたので、減塩を選んでみたりはちみつ漬けを選んでみたり。

今となってはなぜそこまで塩分を欲していたのかわかりませんが、大腸がんだった特有の症状の一つであったことに間違いはありません。

同じように、氷を食べていることもありました。体を冷やすのは良くないと思っていても、ちょこっと食べてしまう、それが梅干しと氷でした。

 

ようやく病院へ、ひどい貧血との診断

あまりに体調がひどいと思ったので、内科にかかりました。

そこで血液検査したところ、ヘモグロビン濃度は4。

4って・・・いつも貧血気味の私でさえ10と11の間なのに・・・

医師は母の手のひらを見せて、と言い、母が見せると手のひらは真っ白。

普通、赤みを帯びていますよね。血の通った色です。

母の手のひらはまさに「血の通っていない」色でした。

「難民キャンプの子ども並み」

と医師に言われて帰ってきた母。鉄剤を処方されただけでした。

鉄剤を処方されて幾分よくなった母は、「ただの貧血だった」と思ってそのまま暮らしていました。

「ただの貧血」にしては、数値が低すぎることなんか素人でもわかっていたのに・・・

 

続く